Dandelion

(制作日:1986-12-11 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

挿画:松任谷由美「ダンデライオン」イメージイラスト

何も知らなければ 判らなければ
それでいいこともあるのかも知れない
 (あたし頭おかしいのだってみんなが言うの
  あたし ちっとも変じゃないよ ねえ
  そんなのぜんぜんわかんないよね)
遅咲きのたんぽぽ まだ何も知らない
目に見えるものすべて 秤にかけて
無邪気に
 (あたし悪い子なんだって先生が言うの
  あたし 何もしてないもの ねえ
  むずかしくってわかんないよね)
遅咲きのたんぽぽ まだ何も知らない
全てを見つめるには早すぎた
何も見えなければ 聞こえなければ
それでいいことなのかも知れないね
たった一人そんな石英の瞳に
何もかも正しく映すことは
あんまりひどい試練だけど
何も知らなくていい 判らなくていいから
全ての虚構の真実に
巨大な疑問符を投げつけてくれ
純粋な心には全てが不純
その真実を投げつけてくれ

北列車 - Norda de la fervojo -

(制作日:1986-11-07 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

この黒い岩のうえにひとりいて
青くけむる下界を見渡せば
雪や畑のだんだらのなかを
また列車が駈けてゆく
南へ駈けてゆく
自分のみなみがどちらだか判らないので
あんな一本のすじになって
真直ぐに駈けてゆけるたのしさも
行先がひとつしかないかなしさも
青くけむってよく見えない
  見えないものが見えないことを
  悲しんでいてはいけないと
  誰かに教えられて涙拭いたこともある
自分の列車はこうしていても
ひとりでにみなみへ向かう
自分はじっと待っていればいい
  見えないものを見ようとすることは
  とても大事なことなのだけど
  そこに限りがあったといって
  そんなに悲しんでいてはいけない
  見えないものは感じればいい
みなみはやさしくかなしい方角
たのしくさびしく人を待つきもちは
見えないけれども感じられる
春の来る方角がみなみなのだから
自分はじっと待っていればいい
春の来る方角がみなみなのだから
自分の列車はみなみへ向かうのだから

小春日

(制作日:1986-11-28 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

風もひそまるこんな日は
おそらくあかるい冬の陽が
瑠璃海原にもそそぐのです。
  たまゆらの夢かすかなるひと織りに
  遙けき春のおもひでわびしき
辺りはすつかり雪布団、
小春日のつららが涙流します。
  大峰の雪道漕ぎゆく旅人に
  我の目の追ふ故さへ知れずも
冬はあんまりつめたいのだから
待つこともひときはひどいのです。
五番目の季節は二度目の春。
雪どけ水よりはやくかえれ。
  待ち人に針千本の怒りもて
  上げし拳は涙と砕けぬ

大天球のもとで

(制作日:1987-06-03 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

夜叉色の闇が地表に降りて
あんなゆるやかな地平さえ
背中を丸めて黙って座る。
くさむらに湧くのは虫の弦楽、
夜気のうつろいは水のかそけさ。
  あの遠いところには神さまがいて
  満天に転がる点々を見ている。

昔見た夜行の駅に時は停まり、
南行きの窓に刻む追慕と
北行きの窓に探す面影と
いったい天からも見えようか。
こうして天球を見上げてさえも
南行きの終点への思いは遠く
あの光点よりも遙かなのだと──
  思い知ってあきらめるのも
  そこから望みがたつのならいい。

夏オリオン 中天にめぐり
光は玲瓏に冴えてまどろむ。
大峰の山巓 遠く影らみ
音は森閑とかなしく響く。
  あの高いところには神さまがいて
  地表の細かな点々を見ている。

めくるめく成層に流星群。
きらめく火花は地上へと流れ。
こんな夜には神さまが来て
人の望みをあかるくするのだと
静かに言ったそのやさしささえ
今 確かに憶えている。

人は人に留まらず
想いは人に刻まれる。
この真実はめぐる大天球のもとで
わずかの点にもあかるく灯る。

星々は西にめぐり
人々は南にめぐる。
西の稜線に呑まれたあまたは
再び東に灯るのだから
南の原野に流離う人も
また戻る日を裏切りはしない。

遠い地平のわずかに青らみ
藍染の山顛と巻積の雲と
もう近い明けに震えて目覚め
風もあたらしく行先を見出す。
  この峰にもじき光は差して
  来迎という夜明けになる