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南路

(制作日:1987-xx-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

癒えない傷を抱いて歩くのなら
こんな都会の谷間はもう冷たすぎて
北に流れる人の群れのなか
ひとり南へ向かおうと足掻くしかない
  見上げる空はいつも暗くて
  雑踏の群衆も同じ色をまとう
一人であることの辛さ誇らしさは
もう両肩に重いけれど
同じ道を歩む者はいまだ見えず
この夜を黙ってやりすごすしかない
  青い闇にひかりはかなしく
  巡る時さえ今ははかない
癒えない傷と明けない夜は
すっかり馴染んだ重い疲れだ
こうして歩いてゆくことまでも
いずれは虚しさにまぎれていく
  激しい雨は止みそうになく
  容赦なく傷に叩きつける
どこかの路地の罵る声に
つい立ち止まって肩越しに振り返る
いつ誰の指がこちらを差して
卑怯者だと決めつけはしないかと
恐れているから 怯えているから
負け犬の顔は鏡に似ていた
  その諦めた色の虚ろな両眼に
  堪えきれず逃れるように走りだす
  逃げるのなら北だ 北へ行け
北に流れる人の群れのなか
一緒に北に流されてしまえるなら
お前は卑怯者だと叫ぶ声に
反論する権利を自分は持たない
  南へ向かおうと足掻くのは
  諦めという群衆に立ち向かうこと
  苦しいときほど南へ 南へ行きたい
ふと人波の途切れたとき遙かに望む南は
明けない夜の明ける朝
止まない雨も 癒えない傷も
辿り着けば否定できるかも知れない
自分の通ったあとに道はできて
いつか
同じ南を指す者にも逢えるかも知れない
  見渡す限りの都会の原野に
  確かに南へ続く道を刻んで

譚詩曲 - Ballade -

(制作日:1986-12-04 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

あかるく陽の降る晴れた日に
びろうどの草原にひっそり居ても
俺は自己の位置を意識しない
 (ここは二月の厳冬雪原
  くらい都会の谷間の底)
じっさいいま歩いているのは北緯十度
目に見えるものはすべておぼろけ
時どきすれちがうのも北極狐だか白熊だか
とにかく倒してしまうまで誰にも知れない
 (このおそろしい暗黒世界
  キリストも釈迦もないらしい)
もうかなしくなるぐらい歩いている
同じ道を歩む者の一人もないまま
何も見えぬまま判らぬままに
道さえ見失ったとき俺はどうすればいい
 (幾霜月の血の行軍
  けものの道すらここにない)
骨を噛みはじめた痛みが辛い訳でなく
先が見えないことも不安ではない
俺が本当におそろしいのは
こんな冷たさが血を凍らせること
己さえ見失ったとき俺はどうすればいい
 (そうして
  みうしなったとき
   もはや これまでと
    いしきはとおく
     なつかしいひとの名を)
叫んだ!
天空高くオーロラ俺を嘲笑え!
狼をブリザードを俺を笑い飛ばせ!
一人だなんて嘘だ 嘘だ
くだらない自尊心なら捨てちまえ!
俺は覚えている今でも鮮やかに
俺は背を向けただけ目をそらしただけ
覚えているとも忘れることなどできない
確かに俺と同じ道を歩んだ奴が居た
俺は信じている今ここにあいつが居なくとも
あの琥珀の瞳はいつでも俺を見つけてくれる
もう目には何でも見える形ないものまで
 (己の裡にある全ての善いもの
  その触媒のやさしい微笑み)
新しい自分を見出したのだから
もう俺の体なんか何度死んでもいい
俺は本当に生きてゆけるのだから
 (ここは二月の都会の雑踏
  今日も雪はぬかるんでいる)
定義された己の位置は
あかるい琥珀の瞳が見つめるところ
ほとんど息苦しいほどに 俺は
まわりのひかりや青空を感ずる

道途

(制作日:1988-08-xx)

闇のなかに一条のひかり
鮮やかに駆けゆく狼を照らす
追いつきたくてふと道折れたとき
光は闇の姿をあきらかにした
あの冷たい谷間から呼ぶ声も
もう聞こえぬほどに遠ざかり
道は遙かに南へ続く
 (俺の道とお前の道は
  どこかでつながっていたのだから)
遙かに原野は展けている
確かに南は見えている
しかし 今
熱情はとめどなく腕を伝い流れ
おそろしい脱力に屈してゆく
凍えすぎたこの体から
炎が 果てる
 (この血を凍らせるぐらいなら
  いっそすべて流してしまえ)
そのとき振り返った狼の瞳が
まるで信じられぬというように瞬いて
初めての不思議な涙を見せる
むしろ信じられぬのはその涙だ
 (あんたが先に逝くなんて
  許せる筈がない 信じてやらない)
信じられたら愛さねばならない
愛したのなら守らねばならない
博愛と呼ぶにも真直ぐな道を
外れることなく行かねばならない
適わぬと知っても憧れは止まず
同じこころが狼を愛した
       (どうしても言えはしないのは
  俺がお前を守れないからだ
  この道に外れるぐらいなら
  いっそ道途に朽ちてしまえ)
思うままに生きた証は
微塵も悔いずに命止むこと
狼は走らねばならない
狼は立ち止まってはならない
そのために流れる血ならば
悔いることはない この道を行け
振り返るな 涙するな
狼は南へ走らねばならない
そのために投げ出す命ならば
果てることはない 狼の走る限り
 (お前がお前で在ることが
  俺をほんとうに生かしてくれる)
闇を引き裂いて駆けゆく狼よ
眼前遙かの俺のともがらよ
同じこころで 同じ瞳で
光る地平を見極めてくれ
南の果てを見届けてくれ