サラマンドラ

(制作日:1984-xx-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・月刊「雑記帳」再掲)

1

己が躯の底 深き淵に
サラマンドラ静かに眠る
マディサーペントはもの憂げに頭をもたげ
イクチオルニス てんてんと白く走る
白亜の眠りはこんこんと深く
目覚めを許さず
重くあたたかく湿った霧の底
羊歯や蘇鉄のうす明るい胎内に
サラマンドラ静かに眠る
白亜の眠りはこんこんと深く
サラマンドラ静かに眠る

2

己が心の底 深き淵より
サラマンドラ静かに目覚める
果てない霧も見る間に炎と消え
久しく見ぬ大地に琥珀の息をつき
サラマンドラ静かに目覚める
己が裡なる白亜界より
呪縛の殻打ち砕き
サラマンドラ静かに目覚める

3

凄まじく奔騰する炎の柱
体の深奥に立ち現れて
果てしなくよじれ天空に突き刺さる

こんこんと湧きあがる思念は
炎と化して舞い上がる
てんてんと躍るサラマンドラは
殻を砕いて駆けのぼる
裡に秘めた白亜界より
サラマンドラは駆けのぼる

誰でも静かな心の裡に
サラマンドラを眠らせている
激しく熱く燃えたつ心に
サラマンドラが目覚めている
情熱となる熱愛となる
サラマンドラよ目覚めよ
焦がれる者の熱い胸に
サラマンドラは炎と化して
燃える駆ける躍る舞う
サラマンドラは炎の使徒
炎の想いを人に与う

ひろがるみどりは

(制作日:1986-07-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

ひろがるみどりは大地に遊ぶ
岩に戯れ土を這い
おおらかな自然を包みこむ

どっしりとした楠の巨木は
苔を宿した黒い幹と
天空を指して背伸びする梢
幹のうえに枝がわかれ
枝のうえに青葉が繁り
青葉のうえに若葉が伸びる
どこまでもどこまでも
萌え出る若芽は溢れるいのち
伸びゆくみどりが目にしみるのは
立ちのぼる香気のせい
眩しいのはあの真直ぐな懸命さのせい

ひろがるみどりは自然の見る夢
果てない樹海で
さざめく草原で
ふくよかな大地を優しく覆う
遙かな地平に萌えたつみどり

いのちのいろ

(制作日:1986-07-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

こんなに巨きな都会の隅の
こんなに冷たいビルの谷間
こんなに小さいわたしのなかにも
みどり
いのちの素がある

わたしのなかのみどりの音に
耳をかたむけ裸足になって
ひとつステップ踏んでみる
それは不思議な a priori
昔むかしあるところ
誰かが踊ったそのままに
わたしの手足が動きだす

あふれだすあふれだす
いのちの流れ
こんなにも優しいちから
私を乗り越え脱けだして
もっと大きなわたしを造る
みどり
いのちの果てないちから
自然の記憶が流れている

Fighting Against Yourself!

(制作日:1986-xx-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・月刊「文芸開化」)

  癒えない傷を抱いたまま
  雨に打たれてついに力尽きる夜の闇
  愛した人 愛された人
  闘いのなか見失った優しい面影
  生きる意味 生きる価値
  もうどこにも見当たらない
  ──土に還りたい
    どこまでも暗い雨の底──
自分自身を敵として闘え!
生きろ生きのびろそして闘え!
愛した人の面影
呼びかける呼び醒ます力強く
生きるEnagy 強く 強く
絡みつく鎖を断ち切れ!
あきらめるな生ある限り
巨大な壁に牙を穿て!
止まない雨など 明けない夜など
癒えない傷など有りはしない
愛した人の面影
いつか取り戻すために生ある限り──

一目見て

(制作日:1986-11-03 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

これはいったいどうした訳だ
こんなに胸が苦しいようなのは
さっきの人とすれちがったせいだろうか
さっきの人の髪があんなに黒く
瞳があんなに明るかったせいに違いない
振り返って呼び止めよう 声を掛けよう
   こんにちは すてきな天気ですね
   一緒に歩いてよろしいでしょうか
けれども ああ
私の胸はあんまりほとっていて
言葉すら昇華してしまうのです

肖像

(制作日:1986-xx-xx 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

振り向けば
静かにそこに在る人です。
そして優しく見守る人です。
涙さえ忘れてしまうほど
幾度も怒濤に心引き裂かれ
それでも静かに微笑む人。
微笑むことに馴れてしまうほど
懐かしいほどに悲しい人です。
どうか いつまでも変わらないで
湖のような 炎のような
あなたのようなあなたで在ってください。

ひかりの如し

(制作日:1987-01-xx 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

ひっそりと居て水の如し
口をつぐんで花の如し
流るる黒髪みどりと萌えて
滝を成すとも音はなく
瞳の琥珀に燃ゆる炎も
地平にひしめく稲妻と映え
静けき湖水のひかりの如し

修羅を歩んで炎の如し
激しく吼えて獣の如し
怖るることなく怒濤を砕き
突き進む道の果てもなく
遙けく夢む慕情の影も
琥珀の水盤に風とささめき
燃えたつ炎のひかりの如し

大樹追慕

(制作日:1987-01-16 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

挿画:君は何もかもを学んでゆく

どこかでかっこうが鳴いて山は緑
手をつないでぐるりにめぐっても
二人で足りないその切株を
驚きもせず愛撫する君。
  ひとつ、ふたつ、みっつ。
数える年輪は百を越えて
疲れやすい努力で二百七十四の
夏の記憶と冬の記憶をたどる。
  雨の二百七十四遍と
  雪の二百七十四遍に
  叩かれてきたこの大樹。
  黒土を抱きこみ蒼穹を背負い
  小さな僕等を足下に見下ろせ。
いかつい肩はもろくも崩れ
朽ちて土となる境界線に
この切株のかたちは留まる。
  かさめいて往き来する虫とそのほか
  棲み家は二百七十四年の苔と化石。
  ここに青苔そちらに若木
  この豊穰よいきものを殖やせ。
君が珍しげにつまみ上げたその黄金虫に
木の匂いがすると真剣な目で主張する。
そうだね 確かに楠の香だ。
切株のかたちすら潰えても
樹の存在は他のいきものが継ぐのだと
君の瞳は雄弁に語る。

大樹追慕抄

(制作日:1987-06-19 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

挿画:まっさらな少女に世界のすべてを教えよう

幾度の雨に打たれ
幾度の雪に耐えてきたのか、
つつましやかにその身を横たえ
今まさに土に還ろうとする大樹よ。
かつて見下ろした若木の群に
包まれ また覆いつつくされて──
  崩れゆく年輪のかたちを
  愛おしく撫でるちいさな手。
土と幹との境界はとけあう
生と死の狭間。
富穰なる黒土は大樹の骸であり
また若木に寄せる大地の命であり──
  少女の目には見えようか、
  その大樹に先代の慈愛が。
  少女の心には触れようか、
  次代に寄せる大樹の期待が。
何も知らぬげに
大樹の骸を包みこみ
また覆いつくす若木よ。
めくるめくみどりの若葉に
無邪気に手を叩く少女よ。
雨に打たれ 雪に耐え
青天を指して伸びゆくがいい。
先代の期待と慈愛を年輪に刻んで
限りなくすこやかに伸びてゆくがいい。

熱情

(制作日:1987-xx-xx 掲出誌:高等学校文芸部誌・年刊「群星」)

体の深奥から湧き上がる炎は
頬に血の色を昇らせてさらに燃え立ち。
身を灼いて。
胸を焦がして。
獣の形で駆けてゆく。
  こんな激しい衝動は
  恋愛という名の盲目の獣だ。
抱きしめたいのでなく
我がものにしたいのでなく
はじめて見出した己の分身を
確かめたい守りたいそれだけで
自分の命などは単純な手段のひとつ。
  欲というのは悪夢に似ていて
  愛のすべての善い属性の
  ベクトルをすり替える法則だ。
潜力の放射する光だからだ
この炎が暖かいのは。
人の欲から隔たるからだ
この獣が美しいのは。
  愛のまろい形と柔らかな重みは
  壊れやすい珠に似ていて。
ああ 駆けてゆく
獣の形の熱情が。
心臓の光の珠から炎は脈打ち
限りない生命の営みで駆けてゆく。
  こんな優しい潜力は
  恋愛という名の盲目の獣だ。
  恋愛という名の至上の光だ。

讃歌 - 母校に捧げる -

(制作日:1988-02-xx 掲出誌:高等学校卒業アルバム巻頭語)

 めくるめく若葉はささやく風と戯れ、見上げれば青空にまぶしく光は溢れ。さかりの春の影のいちれつ、道にさざめき躍る、鳥のごとく。

  百年の大樹のおおらかな枝には
  もうよほどはばたきも確かな若鳥が
  光と影とに惑いながら
  空の広さに怯じながら
  それでも新世界に憧れている。
  南風一つで春は立つ。
  この樹に育った翼ならば
  風を確かにつかんではばたけ、
  高みへ 高みへ もっと高みへ──
  ほんとうに世界が見えてくるまで
  たゆまずはばたけ 強く、強く、
  この樹に育った翼だから
  新しい風にも怯じることなく。

 いちどきに翔びたつ群鳥、さらに高く天をもつかめと。見守る大樹の厳しさ優しさ、父のごとく、母のごとく。