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狼の歌の伝説

(制作日:1987-02-05 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

挿画:月に佇む狼

ちっぽけな野良犬は
狼に焦がれていたのだ。
狼が優しい鼻面を月にさすのを見て。
朗朗々と氷原を渡るその歌を聴いて。
その輝かな胸の毛のひとすじに
なってしまいたいと身悶えたのだ。
ちっぽけな野良犬は
狼の歌を真似たのだ。
とても狼にはなれないので
せめて歌だけをたどったのだ。
  とても俺では適うまい。
  けれどもこれがちっぽけな俺だ。
  俺は俺の狼を歌うのだ。
ちっぽけな野良犬の心には
ひとりには美しすぎる狼が生まれた。
ちっぽけな野良犬のうたは
優しくて美しくて 切ない白狼のうた。
憧れはかたちになった。
野良犬は天に向けて力の限り歌う。
一人で歌うには苦しいほど切ないから。
一人で聴くには哀しいほど優しいから。
ポチが聴くしコロも聴く。ベンだって。
それぞれがそれぞれに感じるうたは
それぞれがそれぞれに生まれた白狼。
白狼はひとりで走りはじめて
野良犬は辛いような幸せで見送る。
白狼は美しいし氷原は白いし
もう泣きたいように嬉しくて
野良犬は白狼を追う。
狼には追いつけないから
白狼のあとを追って走る。
それからちっぽけな野良犬は
ふと立ち止まったのだ。
  追いつけないことの苦しさが
  俺に歌わせたのではなかったか。
  白狼は俺が追いつけないことの証しか。
野良犬は寒空に凍りつく月を仰いだ。
あの日の狼の声が問う。
  ただの真似ごとなのか。
  卑怯な影法師なのか。
ちっぽけな野良犬は
白狼の瞳の深いところを見つめた。
美しかった。溜息が出た。
優しかった。涙が出た。
  わたくしはほんとうの狼でなく
  あなたの焦がれる憧れです。
  わたくしの毛並みのこの白さは
  あなたの憧れが染んだのです。
だから野良犬は歌い続ける。
白狼と走り続ける。
果てるまで。
朽ちるまで。
みんなの胸に白狼が生きるように。
  俺の体の果てても朽ちても
  この憧れのとこしえとなれ。
やがて。
白狼と狼がうたを交わす。

振り返る

(制作日:1987-09-xx)

もどかしくもつれる言葉は声にならず
だから自分は文字を並べる。
当たり前の言葉では己は表せず
だから自分は詩をものす。
それでも己の本統は語りきれず
だから自分は筆を折る。
  折れた筆はこの右手に刺さって
  とめどなく流れる 赤い 涙。
自分の吐いた言葉の羅列は
己の軌跡を語っていようか 振り返る。

我が道は

(制作日:1988-08-xx)

何かわかね 喪ひしものを
探しつ 求めつ
惑ひ行きつありなん

いづくとも知らね 過ぎ来し方の
思はれど 振り返らじ
いづくとも知れぬ 惑ひ行く方の
ひたすらに 見まほしき

我が道の細く 頼るべくもあらざる
我が道ゆきは 道なきに血もてひらけり

跡を訪ふ者よ 知れ
愚かしく 狂ほしく
道を求めし士あり
志成らずして 道途に死せり と

志成らず 然れども
我が跡に道は在り
我が道は我に在りけり