満月の夜

(制作日:1987-01-13 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・月刊「雑記帳」)

満月の夜 誰も動けなくて
満月の夜 人は心に鎖をかける
満月の光の下 独り黙るには
満月はあんまり狂おしいので
満月の夜 人は獣に鎖をかける

満月の夜 人は胸の鼓動を聞いて
満月の夜 人は心があやしく騒ぐ
満月の光の下 独り黙るには
満月はあんまり血の色なので
満月の夜 人は胸の獣が騒ぐ

地母神祭

(制作日:1986-07-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

黒く黒くただ続く原
  降る月の光 吹く風の音
  ひそやかに ひめやかに
  遠く聴こゆる 虎落笛 ( もがりぶえ )
月の満ち欠けに時を知る
獣の目をした山の民よ
大峰の山顛に夜を招き
夜風の底から空を見よ
騒ぐ樹の間に風を見よ
満月を歌え 妖しの言葉で
星空を弾け 梓弓執りて
そして讃えよ
このふくよかな黒い大地を
  牝鹿のような踊子は
  遠い昔の夢を舞え
    白い爪先は土を捉え
    瞬きする間に宙に舞う
    揃えた両足 地に降り立ち
    なめらかに腕 風をまさぐる
女達は篝をかかげ
男達は太刀を執れ
篝はあわせて太陽を祀り
太刀はあわせて火花を散らせ
  狼のような踊子は
  今宵の祈りの声に舞え
    翻る黒髪は風を描き
    若やかに火照る頬に纏わる
    緑の瞳に炎は騒ぎ
    紅の唇に牙白く
さらに激しく刃をあわせ
さらに炎を掻き立てよ
篝の火の粉と刃の火花
空に流るる銀河に似せて
暗い原野にちりばめよ
  青く青く深みゆく空
  深みわたって白みだす
  高らかに 伸びやかに
  娘の歌う 菩提薩婆詞 ( ぼじそわか )
  大峰の山顛に朝招け
    篝は燃え尽き灰と消え
    火花は地に落ち影もなく
    まつりの後にはいつものように
    四つ足どもの踏みし跡
    一夜の宴の夢名残
  月の再び満てるとき
  合図は遠い虎落笛
厚い毛皮も脱ぎ捨てて
二本の足で地を踏みしめて
またこの原にあつまれ
あつまれ!

桜花繚乱

(制作日:1987-01-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

天末線のなだらかな波のうえ
青らむ空にうすもも色のしめり
春霞ひくくたなびいて
桜 散る

ちぎれて宙に舞う乱乱は
祈りを知らぬ希みのひとひら
ひとひらごとに希みは放たれ
繚乱の降りしく淡い絨毯となって
桜 散る

枝のしたにままごとの子供には
生のたのしさあかるさと降りかかり
幹のもと思いに耽る娘には
生のはかなさうつくしさと流れゆき
春嵐のあたたかな渦に
桜 散る

牡丹のようにほどけるのではない
冬名残の雪のように降りしく
命のように果てるのではない
遠すぎた希みのように散りしく
牡丹の秘めやかさも
命の重さもなく
桜 散る

樹の命は揺るぎなくそびえ
花の命は実の命となる
実の命は土のうえに芽吹き
揺るぎなくそびえる樹の命となる
散るのは命ではない
優しい季節のひとつのうつろい
惜しむにはあまりに軽やかに
桜 散りゆく

宵桜の下に

(制作日:1987-01-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

挿画:宵桜の下に立つ者は鬼か人か

宵桜の下に立つひとは
満開の片々を肩に止まらせ。
  さくらは夜薫る。
  はなびらは夜光る。
  鬼の子跳ねるもまた嬉し。
宵桜の下に立つひとは
春嵐をまっすぐ肩で切り。
  咲くはなびらはうつくしい。
  散るはなびらはつらくない。
  咲くにも散るにも苦しくて
  屍は桜を慕うのだ。
宵桜の下に立つひとの姿
深く 深く闇と溶けて。
あとには春嵐と光るはなびら。
  咲くにも散るにも楽しくて
  桜は乱々笑うだろ。
  生きるも果てるも苦しくて
  人は黙々巡るだろ。
あとには春嵐と
光るはなびら。

(制作日:1988-06-09)

側に座してゐた優しい狼が
突然に四角錐のまえの巨像に変わる
斯う云ふおそろしいことも在るのだと
電信柱の陰に野良犬が呟く
  叩きつけてもまだ足りぬ
  この苦しさは空に砕け散れ
夕方からいつさう激しさを増した
これはさう云ふ雨である。