超私事不定期日記(仮) 2003年10月12日~13日
2003年10月12日(日曜日)
秩父三山巡りのいきさつ
前々から三峯神社に行きたかったんである。なんつても眷属が山犬、そしてヤマトタケルの創建(伝)、すんばらしく壮麗な建築の数々! いつか行かずにはおかないなら、今行ってならないことがあるだろうか!(反語)。いや関東方面の交通に明るい知人とたまたま休みが重なっただけのことなんですが。
ついでに秩父三社と並び称される秩父神社と
三峯神社は雲の中
朝8時半、池袋駅を発車する西武鉄道の特急に乗る。全席指定の特急券はラスト4枚がようやっとで残っていた。「満席」のランプは残席わずかになると点灯するそうだ。あきらめずに駅員さんに訊くか特急改札横の切符自販機を見に行くとまだ席があるかも。終点の西武秩父駅で降り、少し歩いて秩父鉄道御花畑駅から三峯口駅へ。秩父鉄道の切符は硬券で、素朴なたたずまいの駅舎がかわいらしい。三峯口駅からは西部バス。秩父湖を経由して三峯山上に直行できるのだが、車酔いを警戒して、大輪停留所で降りて三峯山ロープウェイに乗ることに。山道のスラロームきっついです。ロープウェイはおおむね30分間隔で、情況によって増発する。
山上は霧なのか雲なのか、白いものに包まれていた。眼下の山々も雲海に浮かぶ島といった風情だ。ロープウェイから数分歩くと白い鳥居が見えてきた。よーし参道はこっちだなと思えば、人の流れは鳥居のないほうの道へと向かう。ありー?と首をひねりながらとりあえず人の流れに従ってみる。道は年を経た杉や桧の巨木の連なりに日を遮られて薄暗い。後でわかったのだが、白い鳥居のほうが本殿正面の青銅鳥居や随身門に続く本来の参道らしく、鳥居のないほうは「お仮屋」を経て旧本堂に出る道だった。
まずは「お仮屋」に参る。小さな祠が上屋に守られて鎮座しており、左右の狛犬は岩山に登る数匹の“山犬”であった。野性味あふれる造形にもかかわらず、綺麗な前掛けと小さめのサイズのせいか、なんだかお座敷犬のようでかわいらしい。思わずなでなでしてしまった。そもそも三峯神社は、ヤマトタケル尊が東征の帰途にイザナギ・イザナミ神を祀ったのがはじまりと伝わる。その折に“山犬”が道案内をして尊を助けたため、徳を讃えて眷属とされ、また“大口真神”“お犬様”として信仰の対象に。お犬様は普段山奥にひそんでおいでなので、ここを仮宮としておまつりするとやら。ご利益は火難・盗難よけ。
境内の中心に着いてみればなんだか様子がおかしい。いくつかの建物が改修中なのだ。なんとかー! 公式サイトも見てきたのに気付いてなかった。やけに寄進や奉納も多そうだし、改修にお金をかけられるのはよいことには違いない。せっかく来たのだから、工事用の幕の間からなんとか強引にのぞくのである。極彩色に彩られた漆塗りの拝殿は、今見える部分だけでも華美極まりないのだが、来秋には塗り直しが完了してもっとぴっかぴかになるらしい。すげえ。
しかしさらに凄いと思ったのは、青銅鳥居横手の手水舎と灯籠である。こ、これは参拝者が身を清める場所や明かりを点す台としては壮麗すぎやしませんでしょうか。手水舎も改修中ながら、龍などの彫刻で思わずお賽銭あげてしまいそうなほど立派に飾られている。巨大な木造の八棟灯籠は朱の塗りも鮮やかで、中国の故事に材を取るらしき彫刻でぐるりを飾られている。どちらも1850年代の建立で、青銅鳥居とともに江戸深川の堅川講の奉納で建立されたというから驚く。鳥居は筏で曳いて荒川を遡ってきたそうだ。神仏習合の時代にも隆盛を誇ったためか、彫刻のモチーフや仁王さんのいる随身門(改修中)などに寺院の面影が感じられる。
本殿右手から高台に上ればヤマトタケル尊像もある。なかなかの美丈夫。しかし右手の大きな掌をこちらに向けて軽く上げたそのポーズは、記念撮影の観光客に真似されまくると思うです、尊。徒歩1時間ほどの妙法ヶ岳山上にある奥社は、10月9日から5月2日まで閉山している。雲海の中の何処ともしかとはわからぬままに遥拝した。【写真】上段左:ヤマトタケル尊像、上段右:八棟灯籠、下段:手水舎の龍の彫刻(すべて撮影は知人による)
境内のあちこちにいる狛犬は、所謂狛犬的造形ではなくいかにも山犬らしい姿だ。青銅鳥居前では金属製のが筋骨隆々と、拝殿前では石造りのが神韻縹渺と佇んでいる。【写真】上段左:三峯口の狛犬、上段右:お仮屋前の狛犬(部分)、下段左:青銅鳥居前の狛犬、下段右:拝殿前の狛犬(すべて撮影は知人による)
御札場でご朱印をもらい、お札(火難除けに台所へ)と鈴(落し物予防に定期入れにつける)、出先安全の道中守り(焼印がかわうい)を購入。宿坊1階の食堂で食べた“ごぼ天そば”は、あつあつのごぼうのかきあげ天ぷらが乗っていて旨かった。秩父名物“おやき”は掌大の平たい蒸し饅頭の裏表を軽く焼いたようなもので、具は野沢菜の煮付けだった。素朴で滋味深い。西武秩父駅に売店があり、いろいろな種類が並んでいた。
で、私の撮った写真がこれだけしかないのは、デジカメの調子が悪かったのか、この時間帯のデータがすべて失われていたわけで。改修が終わってから再訪すべしということですねお犬様。
秩父神社の彫刻群
再びロープウェイ、バス、秩父鉄道を乗り継いで秩父駅下車。秩父神社へは徒歩5分足らず。彫刻に飾られた社殿は天正20年の建築で、昭和45年に解体復元されて色鮮やかだ。特にお気に入りは本殿正面右上の“笑う唐獅子”。うわはははは、て感じ。
そのほかいい味出してるみなさん。ぐふふ、とか。てへ、とか。
左甚五郎作と伝わる彫刻も美しく復元されている。「子育ての虎」はでっかい豹にたわむれる虎の子たちがほほえましいというか危険が危ないというか。「群虎ニ壱豹ヲ添エル」という定石の画題であって、別にこの豹が子虎を取って食おうとかそういう画ではないらしい。ほっ。母虎はここには写っていないが、左のほうで子虎たちを見守っている。
「つなぎの龍」は、鎖でつないでおかないと夜中に水を飲みに行くといういわくのある木彫。東方守護の青竜なら水ぐらい好きなだけ飲ませてやれよと思った。
この日は黒谷の温泉旅館に投宿。
2003年10月13日(月曜日)
寶登山神社は雨の中
翌朝。秩父鉄道長瀞駅から寶登山神社へ。駅から2、3分歩いたところで雨が降り出した。
寶登山神社もヤマトタケル尊ゆかり。山火事に遭った尊を山犬が消火にあたって救出し山頂に導いたので、この山を「
狛犬は所謂狛犬的デザイン。柔和な顔だちで苔むした立派な狛犬ではあった。ここも社殿の彫刻が豪華。中国の「二十四孝」などに材を採る彫刻が欄間を飾り、精緻な模様を施した金具もふんだんに使われている。本殿の一隅には、尊ら一行が禊をしたと伝わる泉がある。近くにはこぢんまりとした日本武尊社。
境内の玉泉寺客殿の彫刻も見事。牡丹らしき花をくわえてほほえむ唐獅子ラヴリー。色彩がよく残った天井画があり、草木鳥獣が描かれている。
神札所でご朱印をもらい、母と祖母のためにちりめん細工と鈴でできたかわいらしい「桜守り」を買った。ちなみに桜守りのご利益は不明 :p)
寶登山奥宮は山の上
寶登山奥宮は山頂にある。奥宮祭では神輿を担いで山麓から山頂に上がるというのだが、私どもには手ぶらでもとても無理ぽ。ロープウェイ山麓駅への道順を示す看板に従って雨の山道に入る。…行けども行けども山道である。あ、どんぐりのへたと栗のイガが落ちてる。中身は動物が食べたのかな。いやあ自然が豊かだなあ。ところで雨のはねで足元がえらいことになってきたけど駅はまだかなあ…と歩くのに飽きてきたころ、ようやっと視界が開けて山麓駅前に出た。立派に舗装された道もあった。かっくん。発車寸前のアナウンスを聞いて大慌てで切符を買おうとすると、「宝登山動物園セット利用券」とやらがある。どうやら猿と鹿がいるらしい以外の詳細は不明というかいろいろ不安なシチュエーションだが、もう発車間近で悩んでいる暇がない、とりあえず買う。
山頂駅からゆるやかな坂道を上がり、山の頂をぐるりと回りこんだあたりから石段を登ると寶登山奥宮。天候の悪さと茂った樹木でただごとでない暗さである。コワイコワイヒー、と思ったら、土産物の売店があり人がいて一気にほっとする。奥宮の狛犬は山犬型であった。
小さな社に参拝したあと店舗前のベンチで一休みしている間に、知人がここにもご朱印があることを発見。雨の中ここまで登ってきた甲斐があった。円い判は記念スタンプのような風景画入り。絵入りのご朱印は初めてもらった。
宝登山動物園は嵐の中
だんだん風雨が激しくなってきたが、せっかくのセット券だし宝登山動物園にも行ってみる。小さなお子様のいらっしゃるご家族にぴったりの楽しい小さな動物園であった。売店の人の会話を聞いていると、シーズンにはたいそう混雑するらしい。嵐の中、猿は雨宿りもせずびしょぬれになりながらゴミで手遊びをしたり寒そうに身をすくめたり、ガチョウはがーがー警戒音を発したり、雌鹿は触っても嫌がらなかったり、牡鹿は通路のフェンスを破って自由に歩いていたり、孔雀の子供はやっぱり小さな孔雀だったり、そんな感じであった。うろおぼえかつ余談だが、売店では孔雀の抜け落ちた尾羽を数本束ねたものを200円だか300円だかで分けてくれる。
山頂駅まで戻って昼飯(またしても蕎麦)を食べている間に、雨が上がって晴れ間が出ててきた。みるみる霧も晴れ、最後の最後でよい眺めを見られて上々吉であった。
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