哀歌

(制作日:1986-05-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・月刊「雑記帳」)

狼がまた吠えています
ああ あれは仲間を呼んでいるのですね
あんなにも耐えがたく
切なく切なく胸を裂くように
空は月
澄み渡る大気のなか
ゆらめきもせず満月がある

狼がまた吠えています
ああ 愛する者を喪った哀しみを叫んでいる
哀調を帯びて切なく切なく
懊悩に耐えかねたように
空はオーロラ
荘厳なツンドラの祭典
ゆらぎゆらきでいつかはかなく

狼は呼んでいるのです
還らぬ友を 妻を 子を
叶わぬ願いと知りながら
耐えがたくほとばしる想いを歌う叫ぶ

狼は朗々と歌うのです
狼の哀歌 いつ果てるともなく
狼は朗々と歌い続けるのです

今散りゆく君に

(制作日:1986-11-03 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

いまわたくしの手の届かないところで
最愛のひとが散ろうとしている
 (あんたが気にすることないの
  あたしはあたしのために行くんだから)
もう戻れないというそのときに
君は強くそれだけ云った
  この暗い地面のしたで
  夜はいつかな明けさうにない
  固い靴底の走るのも
  狂った叫喚の渦巻くやうなのも
  すべてとほくで鳴ってゐるのだ
向こうでちらちらするのは焔
君の目にも炎はみどりに燃えている
ああ そんなにわたくしを見ないでくれ
そんな力強さで見つめられることは
わたくしの自責をいっそう堪えがたくするのに
  ここは冷たく暗いところ
  赤銅いろにひかりたゆたふ
 (あたしはあたしのために行くんだから)
そう云いながら君の目は
わたくしのうしろのうすぐらいところに
やさしくたたずむひとを見ているのだ
君のことばはおおきなちからとひかりとをもって
わたくしのうしろのほのあたたかいところに
しずかに響いているのだ
  流レユク君ハ水屑トナリハテヌ
  我シガラミトナリテトドメヨ
ああ そんなかなしい目をしてはいけない
いまわたくしのちからなく目を伏せたのは
かなしさよりも憤ろしさのせい
しんそこ呪わしく腹立たしいものは
君を呑み込もうとする焔の渦ではなく
君をとどめることもかなわない自身なのだから
そんなあきらめたような目をしてはいけない
せめていつもの自信に満ちた君で
あのおそろしく流れる焔に拳を向けてくれ
  水車よかなしくまはれ
  流れに甲斐なく腕さして
  流れは止まず 刃は鈍り
  水屑は流れに失はれ
  それでも水車よただしくまはれ
  己の無力に軋んでまはれ
君はきっとわたくしでないひとの為に
その命さえ投げ出すつもり
そんな激しいやさしさもあると
わたくしははじめて気づいたのだ
もうこんなにかなしく目を伏せていてはいけない
わたくしははっきりと顔を上げ
あかるく君を見送らなくてはならない
  水車よただしくまはれ
  つめたくあかるい清浄の水に
  水車よたのしくまはれ
  流れにまかせてたのしくまはれ
いま君が散ろうとしているこのときに
わたくしは言葉もなくただ祈る
君のすべてのやさしさで
多くのひとが慰むように
  流れゆく君は流れの果つるまで
 水車とたのしくながれつづく
水車はたのしくまはりつづく

無上天界鎮魂歌 - Rekviemo de la paradizo -

(制作日:1986-11-16 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

あのままどこか高いところへ昇っていって
そのまま戻れないという覚悟があったのなら
それでほんとうに君が良かったのなら
そう言った通り最も望むところであったのなら
いまつめたくくらい淵に沈んでいないのなら
いまあかるくたのしい光のなかにあるのなら
どんなに辛いきもちになっても
君と居られたみじかいあいだ
生きてゆくこれからの道
君は確かに光であると
光そのものであると
そうおもうことが
やさしさやよろこび それからいつくしみ
光を根源とするすべての触媒となるのなら
俺はほんとうに生きてゆけるかもしれない
  去りゆく者のかなしみと
  残された者のかなしみと
  どちらも知らずにいられなかった
光のまえには闇さえその本質をあきらかにし
己の姿を見出すのだから
俺がいま振り返れば
何もかもほんとうに解るかも知れない
  願わくはこの光のさらに輝き
  全てを高みに導かんことを

挽歌 - 怒り -

(制作日:1987-08-07 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

観自在菩薩 ( かんじざいぼさつ ) の文句と一緒に
君のための香を焚いてから
まるで時の流転にさえ取り残されたようで
何だか自分の居場所も判らずに
思い出すことに暇を費やしていたのですが
ようやく約束通りの平静になれたと決めて
この空虚な部屋に戻ってみたのに
あらためてそのがらんどうに蝕まれたら
思わず見慣れた姿をそこに求めてしまって
わたくしは
自分を絞め殺してやりたくなりました。

  この卑怯者!

俺は今夜も眠れそうにない。