幾千夜を眠らずに歩いてきた。
“白髪で垂れ目の子ども”たち、がいる。みんな何かとても珍しいことができる。そして、それぞれとても難しい病を抱えている。不動も、“白髪で垂れ目の子ども”のかなり年長の部類に入るひとりだ。彼の記憶は「ものを凍らせる能力」と、「生命にかかわる不眠」とともに始まっている。
眠ると息が止まってしまうのは、生まれたときからだったらしい。薬漬けになりながら、目の下に青黒いくまを貼り付けて、正気でいるのがやっとの日々。あるときひとりの医師が、彼を養子にしたいと言ってきた。眠くて頭が割れるように痛くてどうでもよかったので、まばたきだけしておいた。その日のうちに彼の住まいは病室から医療従事者の寮の一室に移り、ベッドは医師お手製の脳波センサと人工呼吸器つきの特注品になった。それでも長年の眠りに対する恐怖心はなまなかなことでは振り払えない。医師の妻が毎晩隣で眠るようになった。柔らかな声がつむぐ彼の知らない世界の物語。いやそれよりも、規則正しく穏やかな息遣いと鼓動が、やがて彼を眠らせる。
深く深く充分に眠って、目を覚ました。医師の作った彼専用のベッドは完璧だった。生まれ変わったようだった。いや、かたわらで眠るその女性を母として本当に再び生まれたのかもしれない。しかしなんだか寒いじゃないか、まるで部屋中が凍ってしまったみたいに。そうじゃなかった。凍っていたのは、街区まるごと。彼のベッドを中心にして、まちひとつまるごとが白い霜に覆われ水は止まり草は枯れ虫は落ち鳥は去り。そしてひとりの人が、彼のかたわらで冷たくなっていた。
部屋を飛び出した。自分の作った氷で足裏が切れた。生まれて初めて全力で走った。医師の呼ぶ声も届かない。君たちが悪いんじゃない、ぜんぶ俺たちが―いや俺が、とそこまで叫んだ医師が制服姿の一団に押しとどめられるのも見ない。まちはずれまで駆けて、忌まわしい故郷を蹴りつけて飛び出した。海上学研都市から、世界を呑み込もうと待ち構える大海へ!
以来不動は眠っていない。夜通し歩いて人を探している。同じ“白髪で垂れ目の子ども”、自分の兄弟分がどこかにいないか。いやそれよりも、俺のかたわらで静かに眠って、そして俺が起きたときに生きていておはようと言って笑ってくれる女はいないのか。そのあたりに腰掛けてわずかにうたたねしては立ち上がり、夜通し歩き続けている。
しかし不動にはなかなかの人探しの才能もある。今はまだたどり着いていないその場所で、必ず会うことになっている。ひとりは、白い髪とものを凍らせ燃やす力と男女ふたつの心を持つこども。もうひとりは、彼の力をしても決して凍らせることのできない、炎の名前と気性を持つ女。無論彼らの力が世界を救う日が来ることなどつゆ知らぬまま、不動は今夜も歩き続けている。
- 制作日
- 2002-09-19
- 画材
- Gペン、PainterClassic1.0、Photoshop6.0
Other Version
- サイコさん / トップ絵に使ったやつ。ややサイコさん(2001-09-04)
character data
- 名前
- 不動 / Hudou
- シリーズ
- Bloody Hounds-next 「真型 - マガタ -」「夜歩く」「天が堕ちる日、白い翼持つ2人の天使が」
- 参考
- 白髪で垂れ目の妹? ジュンク
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