化粧師の憂鬱。
子どもに「&s(あんず)」なんて名前をつけるのが普通な世界。きらびやかで、退廃的で、たっぷりの闇を抱えた都会にあんずは暮らしている。仕事はメイクアップアーティスト、と言えば聞こえはいいが、その実体は“雇い主のステータスを美で彩る高級娼婦”だ。雇い主にメイクを施し、高級ブティックでひととそろいのファッションをコーディネートし、それで本来の仕事は終わり。けれどこのまちは何もかもを貪り尽くさずにはいない。たいていの雇い主 ―ほとんどが男性だ― は彼女をひとばん借り切る最高額のオプションを要求する。名目は健康に良い入浴法の指導だったり、パーティーに同行してのマナーレッスンだったり、パートナーとのよりよいナイトライフのためのアドバイスだったりする。結局みんなやることはおんなじなのよぉ、高いお金出してさぁ、と彼女は朗らかに笑う。カラーコンタクトとウィッグに身を隠して。
そんなあんずの恋人は、商売下手な薬剤師だ。お客にもなかなか屋号を覚えてもらえず「眼鏡くんの薬屋」なんて呼ばれるに任せているぐらいだから、彼女の臨時収入のいくばくかは彼の文化的生活の維持に回ることになる。けれど相手に頼りきっているのは実は自分のほうなのだ、とあんずは自覚してもいる。どうにもとんちんかんながらもほのぼのと心和むデートの夜も、身も心もずたずたに引き裂かれたような夜明けも、同じ笑顔で同じように迎えてくれる人。彼がいなければ、あくまでメイクアップアーティストでありたいという矜持すらなくし、いつか自分のサロンを持ちたいという夢さえ忘れて、自堕落に毎日を過ごしているかもしれない。
ただの腑抜けじゃないかと口の悪い仕事仲間は言うけれど、眼鏡くんはただの眼鏡じゃないとあんずは力説する。さて何がどうただものでないのかは、さすがの姐さんも目下のところはよくわからない。そう、ある大事件が都下をゆるがすその日まで。
イラストは、久しぶりのデートに張り切っておしゃれして行ったのに、へなちょこ眼鏡くんが「今日はどうしてもぼくがおごるんだ」と言ってきかないので、ファストフード店でお茶をしながらまぁこういうのもいいかなとちょっと笑えてきたあんず姐さんの図。チチの上にインスタントタトゥーで書いてある Rose Garden というのは、いつか自分のサロンにつけようと思っている店名です。
- 制作日
- 2002-11-03
- 画材
- Gペン、Painter7.0
このページの記事はここまでです。U このページの最初へ