必殺料理人。
古事記に見える倭建の事跡の最後には、ひとりの人がいる。
凡そ此の倭建命、国を平けに廻り行でましし時、久米直(くめのあたへ)の祖、名は七拳脛(ななつかはぎ)、恒に膳夫(かしはで)と為て、従ひ仕へ奉りき。
この、なんだかやたらにすねが長くて背の高そうな、しかし料理人だという人物は、いったい倭建にとっていかほど大切な人だったのだろう。単なる部下を超えた存在として造形してみたのが、この私家版七束脛である。
そもそも記憶を失って川上から流れてきた少女を拾い、蚕姫(こひめ)と名づけたのが七束脛である。なりゆきで蚕姫は小碓皇子の影武者(というより小碓が長期地方遊行する間のダミー人形か?)を務める羽目になってしまったのだが、七束脛は、名をつけた以上は最後まで面倒を見ようと、近く仕えることを志願した。
ところが、である。蚕姫は当然のこと女だ。その秘密を守りつつごく近しく仕える者には、「男ではない」ことが条件として突きつけられる。それでもよいと七束脛は言った。彼は異能の斎宮・倭姫によってある処置を施されて、膳手として蚕姫―偽小碓に仕えることになった。
「膳手」という職業が実際何を任務としていたのかは専門家に任せるとして、ここでは、山海での食料の調達、食材への博物学的知識、主君の健康を管理する能力などを要する、なかなかの重責と設定してみた。しかもその膳手が仕えるべき主君、偽小碓皇子は、記憶喪失で右も左もわからぬ小娘。襲い来る政敵の刺客を撃退し、ともすればドジ踏みそうになる主君をフォローしつつ、本業の飯の世話までしてやらねばならぬ。七束脛くん、かなり有能なのです。
口は悪いけれどやさしくて、男前じゃないけど料理が上手で、時には命がけで守ってくれる七束脛を、今のところ蚕姫は親か兄のように慕っているが。その思慕がいつか異性に向ける恋慕になるかもしれないことを、斎宮倭姫ははじめから見抜いていたのかどうか。ともかくこのふたりのプラトニックにもほどがある恋は、蚕姫14歳・七束脛15歳のときにひそやかにはじまり―そしてちっとも進展しないのだった。とりあえずこのもどかしい恋の最終的な成就には千数百年を要しました、とバラしてしておこう。
あ、絵の解説を忘れておりました。コスプレで熊襲をだまし討ちにしたものの、あっさり熊襲兄に拉致されて嫁になれとか迫られていた蚕姫を救出する七束脛の図。
- 制作日
- 2002-08-19
- 画材
- Gペン、Painterclassic1.0
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