構図

(制作日:1984-xx-xx)

風の冷たい旋律にさらされる
突き崩された構図
生命の構成は
もはや割れた鏡に過ぎず
文明の繁栄を映しはしない

荒涼とした風景のなか
風の歌は死の街に唸り
地平線に大気のぼかしは見えない
何と美しい惑星
地球
もう憎悪が渦巻き
ぶつかりあうこともない
地球は清らかに浮かぶ
何もない美しさ清らかさは
崩れた構図の上に流れる
永遠の悲しみにも似て
うつろに……

来る夏の構図

(制作日:1986-08-xx 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

藍色の空をふたつに裂いて
また燕が飛んだ夏の正午
太陽は白い火の玉の実感で
まっさかさまに矢を降らす
降ってきた矢はこうやって
俺の背中に刺さるのだ
 (オゾンのヴェールは剥ぎ取られ
  宇宙線は降りそそぐ)
あいつは今頃どうしているか
狂気の夏の羽交の下で
あいつの水を探しに出たら
誰かがボタンを押したのだ
 (ノストラダムスは言いました
  一九九九年で閉幕です)
いやもう水など見当たらない
夏の大気はカラカラで
世界はサハラの砂の底
降ってくるのは喪神の砂塵
空に立つのは巨大なきのこ
きのこの雲では雨はない
 (世界中にある核兵器のうち
  約○・二パーセントが使われた模様です)
空は奇妙な琥珀のいろで
燕が堕ちた夏の午後
いやもう水など見当たらない
あいつにやるのに水がない
おれも倒れた夏の午後

水車

(制作日:1986-10-30 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・月刊「雑記帳」)

流れゆく水は流れにながれたり
流れながれにながれたり
暗くかなしくながれたり
  水車よかなしくまはれ
  流れに甲斐なく棹さして
  水車よとほくにまはれ
  流れは止まず 刃は鈍り
  水屑は流れにうしなはれ
  それでも水車よかなしくまはれ
  己の無力に軋んでまはれ
流れゆく水屑ははかなくなりにけり
流れにはかなくながれたり
果てぬいのちのながれたり
  それでも水車よただしくまはれ
  己の祈りのただしくながれ
  つめたくあかるい水面にうつせ
  水車よただしくまはれ
  流れにまかせてたのしくまはれ
水屑は流れの果てにあり
流れの楽しい交響の
ゆくへしらずも流れたり
水車とただしく流れたり

赫月記

(制作日:1986-12-01)

挿画:奇しき血を継ぐ少年の絶望と熱情と

赫月は遂に暗き稜線より姿を現し
赤赤と血を滴らせてただ闇に淀む。
呼び醒ますは獣の血脈
覚醒するは峻しき獣性。
魂は半ば剥落し逃るる術なく
意識は既に奈落の深淵を感じ
そうしてまた抗おうともせず
己の人にあらざることを容れ
それを恐怖と感ずる心は微塵もなく
漆黒の闇を我がものと跳梁するのみ。
赫月の狂気は西の稜線に失われ
己の己にあらざる非現実は過ぎ
現実の意識ある自己に向かえば
その両の掌は赤赤と血を滴らせ
目を見張り不安と懐疑をいだき
振り返れば延々と屍体の連なる。
希望も懺悔もなく震えわななき
己の獣と化せる血のさだめより
獣を狂気せる己の裡の欲望こそ
まぎれもなく恐ろしい事実であると悟り
その魂は人を離れて無垢の獣の心を慕い
二度と人の心に立ち帰らなかったという。
赫い月の記録である。

男と鎖

(制作日:1987-01-08 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

幾重にも柵に取り囲まれて
うすっぺらに座る男。
うつろな右眼うつろな左眼
かなしく見つめる見えない鎖。
錆びた鎖真新しい鎖
どれも同じだ彼を縛るのなら。
動けばがちゃり咳すればじゃらり。
鎖はイエの錨に続いたり
太ったかみさんに続いたり
医大に行く息子に続いたり
腹の出た上司に続いたり
或いは彼の影に。
重い重い重い鎖。
長い長い溜息。
男は夢見る。
軽い足取りで歩くこの俺。
男は忘れた。
まさに自由と呼ぶべき若さを
鎖を得るために浪費した苦さ。

汝怒りもて拳固めよ

(制作日:1987-xx-xx 掲出誌:高等学校文芸クラブ誌・年刊「群星」)

挿画:咆哮せよ

怒濤は運命の激しさで白く牙を剥き
もうそこまで来た黒い積乱は
はや稲妻の爪をひらめかす
つめたくあおい屍の流れは
諦めの死相に凍りついて
  (喪神の波頭の地を呑むが如くに)
その激流に立てるものの
ひときわけわしき 目見 ( まみ ) の色よ
あれは怒れる獣なのだ
  ( 金色 ( こんじき ) )の炎の天を灼くが如くに)
足許をすくう穢れの濁流に
抗うでなく 歯向かうでなく
ただ巨大に立ちはだかり
怒りの炎に言葉はなく
己の無力を恨みながら
獣は憤ろしさにふるえているのだ
  (流るる無力の屍の
   果つるを知らぬ幾千人
   流るる無垢の屍の
   果てをも知れず幾万里
   立てる獣は怒りもて
   怒濤に拳を振り上げぬ)
身の裡に獣を飼う者よ
汝 怒りもて拳固めよ
この絶望の天地に憤然と怒号し
炎は黒雲を灼き尽くせ
牙は怒濤を引き裂け
汝 怒りもて拳固めよ
金色の獣の憤るが如くに

最期の風景(おはりのけしき) - 縊死 -

(制作日:1988-02-08 掲出誌:高等学校文芸部誌・月刊「文芸開化」)

死はひややかな空とほく雲のゆく 種田山頭火

追い立てられた雲が
蒼冷めた空をこけまろんでゆく
冬空に枯並木は網をひろげ
かぼそく尖る枝々をひろげ
黒く細かく天にへばりつく
網に揺れる寝覚めの半月
 (見つめても見つめても
  捉えどころなくかすむもの)
苛立つ枯色の波、波───
びょうびょうと吹く風に
うねりを連ねる芒野原の
そのただなかに立ちすくんで
まっすぐに冬空に対する
 (限りなく透る鋭いものの
  きりきりと心貫くかなしみ)
舞い上がった大鴉の描く弧型
あの高いところにも風は荒むのか
口惜しげによろめいては翻る
 (黒衣の裾のひらめいて
  列をなす、列を───)
半月はもうよほど巡ったとみえて
枝を外れてぽかんとしている
わたしはまだ網にかかったまま
もがきもせずに冬空を視ている

19900224

(制作日:1990-02-24)

幻聴。幻聴。どこかで犬が鳴いてゐる。幼い犬が鼻を鳴らして誰かを呼んでゐる。犬の群れに取り巻かれてゐる。犬が横たわる俺の周りを走り、走る犬が横たわる俺の名を呼ぶ。
  (白いジャケツを着て雨と風の中に立て。
  俺達のうちの白い毛皮を持つた者と結婚しろ。)
  風がおもてで呼んでゐる。
  俺を──俺の修羅を呼んでゐる。

畜生。悔しいなら悔しがれ。妬けるなら妬いてしまえ。火達磨になれ。地団駄踏め。押さえるな、抑えつけるな。抑えれば抑えるだけそいつが鬼になるんだぞ。そいつが俺の修羅を肥らせるんだぞ。
   (南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経)
叩きつけられてゐる雪片のめくるめく奔流のなかに俺は立ちすくむ。修羅は胸で何事か叫び乍ら叩きつけてゐる。俺の唇からは白い蓮華がほうと咲いてはたちまち消ゑる。
   ( 無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃 ( むうくふおんりいつさいてんどうむさうくぎゃうねはん )

  涅槃で待つと俺は云へない。
  これからの道もまたさ青なる修羅の道。

19900910

(制作日:1990-09-10)

空は鋼の硬質の青、すべる雲もなくしかし高いところでは風が吹いてゐるらしい、とんびが一羽流されてゐる。天末線を限る青黒い山脈の麓まで芒野原はさやさやに波をたて波にうねり、振り返つても振り仰いでも掴まりどころのない茫漠なのだ。日輪は中天にくらめく眩暈の鏡、陰影のない白昼の夢を描く。不毛に稔るたわわの銀穂が俺を慰める。──これが、俺だ。

空を藍色にしているのは山顛から顔を出したばかりの満月、血の色からやがて蒼冷めて飛ぶ雲に撫でられては銀の槍で灰色の褸布を引き裂く。月は幾重にも虹の光暈をまとひおごそかに天の軌道をたどる覚醒の鏡、夜歩くものの影を刻む。電信柱の陰に呟く野良犬。──これが、俺だ。

凝血

(制作日:1988-02-xx)

     耳の奥に轟轟と鳴る
 歯車の軋る気狂ひの音響。
       この器械の裡にも
ぬるい血は流れてゐるらしい。

(制作日:1991-09-xx)

すこやかに、病めるひとよ。

産卵

(制作日:1993-01-16)

生物でしかないことから免れ得ぬ女の生理。
卵の殻と雛と両方を守ることの何という人間的矛盾。